何のために生きてるの?

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えいらんずは20代後半くらいからよくこんなことを考えていました、

どんなにスキルアップしても、勉強しても、何かを習得しても、結局100年後には死んでる

10代の頃は、集中力も吸収力も今と比べると比較にならないほど高くて、何か一つのことに集中して勉強したり、熱中すればおもしろいほどそのことについての能力が高まるのを実感したし、自分が死ぬ時のことなんて想像もできませんでした。

よくヤンキーが大人になった時に、昔のことを振り返って言う「あの頃は無敵だった」って感覚です。

それが、20代後半くらいになってくると、前よりも記憶力や学習能力、集中力、熱意というものが落ちてきていることに気づくんですね。

そして時の流れの早さを実感するようになると共に、自分が年老いて死ぬことも想像できるようになってくると、上に書いたように、どんなに苦労して身に着けた知識や能力も、最終的には死んでしまってあの世に持っていくことはできないということに気づきます。

だとすると、今必死に学校で勉強して得ている知識や、仕事で覚えている能力は、本当にそんなに苦労してまで手に入れるべきものなのでしょうか?一体何を糧にこれからの人生を生きていけばいいのでしょうか?


答えは・・・


人生の中でいくつかの小さな目標を設けつつ、あくまで過程を楽しむしかないと思っています。結果に固執するとしたら、結果=最終的には死なわけで、そこからは誰も逃れようがなく、最後はゼロになって終わりです。

でも、過程は人それぞれです。その過程を楽しむことによって、死ぬ間際にいい人生だったと思うことができるはずです。

例えばえいらんずの場合、タイに住んでいるのでタイ語を勉強していますが、タイ人とタイ語でコミュニケーションがとりたいとか、タイ語を覚えれば仕事で役に立つかもしれない、という意図・目的があります。

そういった目的、目標は持ちつつ、過程自体を楽しむと、今までほとんど聞き取れなかったタイのドラマが30%くらいはわかるようになったとか、近所のお店の人とタイ語で会話ができるようになったとか、勉強することから得られる小さな幸せを感じられます。

少しでも幸せを感じることができたら、最終的に死んでゼロになってしまったとしても、無駄ではなかったと思えるのではないでしょうか。


人生は楽しんだ者勝ち、幸せを感じた者勝ちです。

eiranzu

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