何のために生きてるの?

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えいらんずは20代後半くらいからよくこんなことを考えていました、

どんなにスキルアップしても、勉強しても、何かを習得しても、結局100年後には死んでる

10代の頃は、集中力も吸収力も今と比べると比較にならないほど高くて、何か一つのことに集中して勉強したり、熱中すればおもしろいほどそのことについての能力が高まるのを実感したし、自分が死ぬ時のことなんて想像もできませんでした。


それが、20代後半くらいになってくると、前よりも記憶力や学習能力、集中力、熱意というものが落ちてきていることに気づきます。


そして時の流れの早さを実感するようになると共に、自分が年老いて死ぬことも想像できるようになってくると、上に書いたように、どんなに苦労して身に着けた知識や能力も、最終的には死んでしまってあの世に持っていくことはできないということに気づいてしまいます。


そして、次のような疑念が湧いてきます。


今必死に学校で勉強して得ている知識や、仕事で培っている能力は、どうせ死んでしまうなら本当にそんなに苦労してまで手に入れるべきものなのだろうか?

一体何を糧にこれからの人生を生きていけばいいのだろうか・・・



というかそもそも、生きていることに意味ってあるのでしょうか?


こんなことを言ってしまっては元も子もありませんが、生きている意味は種の保存のみ、今ある遺伝子を次に繋ぐことだけです。遺伝子を残すために異性と交わりたいという性欲があり、その相手を見つけるための結婚願望があり、恋愛感情があり、素敵な異性を見つけると恋に落ち、異性によく見られたいという思いが芽生えます。

えいらんずも若い頃は気が多く、自分は恋愛をするために生きていると思っていました。若い頃だと、歌の歌詞でも平気で「君に出会うために生まれてきた」なんて書けちゃいますよね。間違ってはいないのですが、正確には 君に出会うため、そして遺伝子を残すために生まれてきた、ですね。(こんな歌詞だったら気持ち悪くて絶対売れませんね笑)


えいらんずがこのことを自覚するようになったのは、自分自身が結婚を意識するようになってから、結婚してもいいかなと思えるようになった頃からです。それまでは、もともとは一人でいることが好きなので、一生独身でいいと思っていました。お金も時間も自分の好きなように使えるし、誰にも自分のことを干渉されたくないと思っていました。

それが、歳をとるにつれて段々と結婚してもいいかなと変わっていったのです。

これは遺伝子がえいらんずに子孫を残すことを促していたんだと思います。なのでえいらんずの考えでは、早くに結婚し子供を作る人ほど、生命体として優秀です。そういう意味では、20歳くらいで結婚して子供を作ってしまうようなやんちゃな田舎のヤンキーの方が、都会でせっせと働いてお金を貯めこみながら独身でいる人よりも生き物として優秀だと思うのです。


だけど、生きる意味は遺伝子を、子孫を残すことです!なんて言って生きるモチベーションが上がる人はいないですよね。なので、人間は生きがいというものを見つけて、それを生きる意味とする人が多いです。

よく高齢者の方が、「孫の顔を見るのが生きがい」と言っていますが、これはすごく理にかなっていることになります。なぜなら、子孫を残すという目的とリンクしているからです。



では、結婚していない人や子供のいない人はどうすればいいのでしょうか?


えいらんずの考えた、遺伝子伝達にこだわらない生きる秘訣は、人生の中でいくつかの小さな目標を設けつつ、あくまで過程を楽しむという姿勢でいることです。結果に固執するとしたら、結果=最終的には死なわけで、そこからは誰も逃れようがなく、最後はゼロになって終わりです。

でも、過程は人それぞれです。その過程を楽しむことによって、死ぬ間際にいい人生だったと思うことができるはずです。

例えばえいらんずの場合、タイに住んでいるのでタイ語を勉強していますが、タイ人とタイ語でコミュニケーションがとりたいとか、タイ語を覚えれば仕事で役に立つかもしれない、という意図・目的があります。

そういった目的、目標は持ちつつ、過程自体を楽しむと、今までほとんど聞き取れなかったタイのドラマが30%くらいはわかるようになったとか、近所のお店の人とタイ語で会話ができるようになったとか、勉強することから得られる小さな幸せを感じられます。

少しでも幸せを感じることができたら、最終的に遺伝子を残さずに死んでゼロになってしまったとしても、無駄ではなかったと思えるのではないでしょうか。


人生は楽しんだ者勝ち、幸せを感じた者勝ちです。

eiranzu

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