希薄化する人間関係

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前回の記事「生きる意味を失った社会」を書いた時に、その理由として自分のためだけに生きることの無意味さと、社会全体がゴールを見失っていると書きました。
そしてもう一つ、実はこれが一番影響が大きいのですが、人間関係・コミュニケーションの希薄化です。

言うまでもなくインターネットの普及による功罪です。
 

えいらんずが初めてインターネット(パソコン通信)の世界に触れたのは、18歳の頃でした。Windows95の大ヒットと共にパソコンが一般家庭に普及しだした頃です。

当時のえいらんずがハマったのがメールとチャットでした。今でこそ当たり前になっていますが、あの頃は顔も知らない会ったこともない人といきなり接点をもち話しをできるというのが、魅力的でおもしろくて夢中になりました。
 

その数年後に携帯電話が普及し、男友達や女性と二人きりで食事をしにいった時に相手がずっと携帯をいじっていることにいつも違和感を覚えていました。今から20年前の話です。
 

えいらんずたちの世代が親になり子供をもつようになりました。そうすると、親も子もみんなスマホをいじっていて、気づいたら誰も会話していない、という状況が今現実のものとなっています。

 

 
えいらんずが子供の頃、家族の団らんの中心にはテレビがありました。

食事中にテレビを見ているとよく母親に怒られました。今の子供たちが食事中にスマホを触って怒られるのと一緒ですね。ただ、テレビはスマホと違い、みんなで時間を共有することができます。みんなで同じ番組を見てあーだこーだ言ったり、同じタイミングで笑ったり。

スマホやタブレットは画面サイズの問題から、一人でそのコンテンツを楽しむことがほとんどで、そこがテレビとの最大の違いです。

一人で楽しめるようになると、当然他者とのコミュニケーションが減ります。生身の人間と接することは人間関係の問題が生じることもあるし、楽しいと同時に面倒くささがつきまとうからです。そこへいくと、PCやスマホでコンテンツを楽しむことは、そういった面倒くささから解放され、自分の都合で自分の好きな時に自分の好きなものだけを楽しむことができます。

コミュニケーションの中心がテレビからスマホへ変わった時の話をしましたが、もっと遡ってテレビのない頃とテレビが登場した頃を比べてもたぶん似たようなものだと思います。
 
 
職場でも家庭と同じようなことが起こっていて、最近思うのは「職場っていつからこんなにもしゃべったらダメな場所になったんだっけ」ということです。

みんなPCで仕事をするようになってから、自分一人で完結する仕事が増えたので他人と話す機会が減ったし、話しかけると仕事が中断されるので、話しかけづらい風潮が蔓延しました。
 
 
話すことを放棄しかかっている人類ですが、AIの登場により思考することをも放棄しようとしているようにみえます。

効率だけを追い求めるのならば、脳だけを残し入力は人間の手を介さずに脳から直接信号を送れるようにするべきで、AIが進化すれば脳すらもやがていらなくなります。
あれ、、そうしたら人間自体がもういらないですね。

結局我々って何のために生きてるんだっけ??
 
えいらんずが言いたかったのは、人間が生きている実感というのはコミュニケーションそのものの中にあるんですよね。なので、どんなに社会が便利になろうと効率的になろうと経済的に豊かになろうと、コミュニケーションが薄い社会って虚しさしかないってことです。

eiranzu

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